『 あなた と 』
***** はじめに *****
このお話は原作の あの物語 の<そうだったらいいのにな♪>編です。
しか〜し! ある人物に登場してもらうために一応 <島村さんち>設定になっています。
双子ちゃん達は登場しませんが・・・ どうぞその辺りはお目こぼしくださいませ。
・・・ あれ。 また ・・・ 見てる・・・?
ジョ−はぼんやりとした意識の中で、でも ソレ だけは確かに感じていた。
ごく自然に、何気ないふうに顔の向きをかえても、はっきりと寝返りを打っても。
・・・・ ソレ はずっと纏わりついてくるのだ。
・・・ なんでかなあ。 前はこんなコト・・・あったか?
うう・・・ん と多少わざとらしくもなくはない、呟きを洩らしてみる。
もぞもぞと毛布の下で動いてもみた。
眠りが浅くなっているんだゾ、とそれとなく示したつもりなのだけれど・・・
はたして。
・・・ ふうう ・・・・
随分と押し殺した溜息とともに、ソレはようやっと離れていった。
あ ・・・ もういいのかな。 気が済んだのかなあ・・・?
ジョ−はそう・・・っと薄目を開けてみる。
彼のすぐ隣には彼の愛しいヒトの穏やかな寝顔があるだけなのだ。
亜麻色の髪は豊かに拡がり、長い睫毛はぴたりと白い頬に落ちている。
もしかして。 彼女もねぼけたの・・・・かな?
うう〜ん ・・・・ !
ぎゅ・・・っと手脚を伸ばし、おもいっきりアクビをして ジョ−は次の瞬間にはことり、と寝入ってしまった。
夫婦の寝室には 穏やかな寝息がふたつ、ゆったりと聞こえるだけになった。
< ソレ > そう、 それは大きな碧い瞳の道筋、じ・・・っと注がれる彼女の視線
なのである。
二人ががな〜い春の後、神の御前で永遠の愛を誓いやがて新しい顔が
岬の洋館に増え・・・ 平凡だが穏やかな日々を送っているころ・・・・
ジョ−はふと、 ソレ に気がついたのだ。
そんなに前から、ではない。 せいぜいここ一〜ニ週間くらいのことなのだ。
愛し合って そのままたちまち心地よい睡魔に引き込まれそうになる時、
気がついた。
あれ。 ・・・まただよ?
彼の身体にぴたりと身を寄せ、 また 彼の腕の中にすっぽり納まって ・・・
彼女は 見ている のだ。
その大きな碧い瞳をいっぱいにひろげ、ジョ−の愛しい細君はしげしげと彼女の夫を見つめている。
はじめは 眠れないのかな、と大して気にも留めなかったのだが、
度重なるとさすがのジョ−も 気になるようになってきた。
「 ・・・ どうした? 」
一度、意を決して声をかけたこともあった。
「 ・・・ ううん ・・・ なんでもない・・・ お休みなさい・・・ 」
碧いひとみは瞬きを繰り返すと ― すぅ・・・・っとごく自然に閉じられてしまった。
なんだ・・・ やっぱり寝ぼけているのかなあ・・・・
それ以来、ジョ−は彼女の <視線> を気に留めるのはやめよう、と決心した。
なにかきっと彼女らしいちいさな拘り、なのだろう。
だって あの視線には優しさがあった。
じ・・・っと見つめてはいるが、 その瞳の奥の奥には優しい愛の影が揺らめいているのだ。
・・・ いいよ、じっくり見なよ。 ぼくはもうきみの一部でもあるんだからさ。
最近ではそんな気持ちでジョ−は 見つめられて いる。
やがて
ジョ−が<知っている>ことに彼女は気がついたらしいのがだが 見つめる視線は相変わらずだった。
「 それで 『 ジゼル 』 なんだ? 」
「 そうなのよ〜 ・・・ 困っちゃうわ。 」
亜麻色の髪の方が 大きく溜息をついた。
黒髪の方は ちょっと眉根を寄せからからとアイスティ−のグラスをかき混ぜる。
飴色の液体に ハ−ブの葉がくるりと浮きあがった。
木陰にパラソルを拡げたティ−・ル−ム、初夏でも心地よい風が吹きけてゆく。
「 へえ・・・ だってゲストのお相手はモリヤマさんでしょう? 」
「 そうよ。 ・・・ だからね〜 もう ほっんとうに困っているの。 」
「 なんで。 アルブレヒトは彼の填まり役じゃん。 」
「 ええ ・・・ お相手が、ジゼル が 加奈サンの場合は、ね。 」
「 ・・・ はは〜ん ・・・ <お気に召さない> ってワケなんだ。 へええ・・・フランソワ−ズをねえ。
アナタと組みたいって男性、もうそれこそ、星の数ほどいるとおもうけどね。 」
「 みちよったら。 そんなコトないわ。
でも ・・・・ ねえ。 たとえ 発表会 でも 幕モノが踊れるなんてすごいチャンスじゃない?
わたし ・・・ 結構張り切ってたのに。 」
「 ふうん? モリヤマ・アルブレヒト は加奈・ジゼル以外は ノー・サンキュウ なわけか。
へえ・・・・ こりゃまた随分と贅沢なお兄さんだことねえ。 」
「 そりゃ、わたしはそんなにキャリアがあるわけじゃないし、幕モノの芯なんて初めてだから
いろいろ不満もあるでしょ。 でもねえ・・・ 何も言わないのよ。 」
「 え、リハであれこれ注文つけないの? 」
「 全然。 ただ 踊るだけよ。 」
「 それじゃ文句はないんじゃないの? 」
「 ううん、あれは多分 ・・・ 言っても仕方ないっていう沈黙だわね。 」
「 ・・・ そっか・・・ 」
二人の間のテ−ブルに木漏れ日が落ち、グラスの中の氷がカラン・・・と小さく音をたてる。
都心の 表通からはひっこんだ一角、緑のおおい道沿いのカフェ・テラスで
フランソワ−ズはレッスン後、午後のお茶を楽しんでいた。
踊りたい。 もう一度 踊りたい・・・!
ずっと心に秘めてきた望み、それはジョ−との結婚後も双子の母となった後もずっと
フランソワ−ズは追い続けていた。
結婚を決めたとき、フランソワ−ズはすこし躊躇いつつジョ−に打ち明けた。
「 あの・・・ 踊りを続けてもいいかしら。 」
「 いいよ、当たり前じゃないか。 きみはきみの望む道を進めよ。 」
「 ・・・ 本当に、いいの? 」
ジョ−はかえって驚いた風に見えた。
「 うん。 どうしてわざわざ聞くのかい。 」
「 だって・・・ あのね、 日本では 結婚したオンナは家庭に入り家事とか ・・・ そのゥ い、育児に
専念するのが習慣だって・・・ 聞いたから。 」
「 え〜〜〜 ?? フランソワ−ズ、それ 誰に聞いんだい? 」
「 え・・・ 誰って・・・・ あら。 そうね、誰だったかしら。 ああ、本で読んだのかもしれないわ。 」
「 それってさ〜 いつの本だよ?
あのさ、そりゃムカシはね、そうだったらしいけど。
今は、ほら 周りの友達とか見てごらんよ? ばりばり仕事したりしてるひと、一杯いるだろ? 」
「 そう、そうよね。 バレエ団の先輩にも沢山・・・ 」
「 だろ? だから、勿論、きみだってこれまで通りレッスンに通って舞台とかがんばれよ。
ぼく、きみの頑張っている姿が好きさ。 きらきらしてるきみの瞳に ・・・ もうゾクゾクするよ。 」
「 ・・・ きゃ・・・ もう ・・・ 」
ジョ−はきゅっと彼の <もうすぐお嫁さん> を抱き締めキスをした。
「 ぼくたち、シアワセになるために結婚するんだ。 そうだろ? 」
「 ええ。 」
「 だったら。 ぼくはきみにきみの信じる道を行って欲しいな。 」
「 ・・・・ ジョ− ・・・! 大好き♪ 」
「 あ・・・わあ〜〜 ・・・へへへ・・・ 」
ぱっと首ったまにかじりつかれ 熱いキスを返してもらいジョ−は多いにマンゾクだった。
そうよね。 わたしのママンだって、ちゃんと家事もやってわたし達のオヤツも作って
それでもお仕事してたっけ。
・・・・ようし。 わたしも頑張るわ。 そう・・・いつか・・・天使が来てくれる時も、ね。
結婚後もずっと 岬のあの邸から都心に近いバレエ団に通い、舞台もいくつか踏ませてもらった。
そして
今回、発表会のゲスト、という形だけれど大きなチャンスが舞い込んできたのである。
「 でもさ、 『 ジゼル 』 は踊ったことあるでしょ、フランソワ−ズ 」
「 二幕のソロとか パ・ド・ドゥだけはね。 全幕通したことはないわ。 」
「 幕モノはね・・・ そうそうあるチャンスじゃないしね。 」
「 ええ。 だから・・・ 凄く嬉しかったし張り切ってたんだけど・・・ 」
ふうう・・・・
風と一緒に 溜息が流れてゆく。
「 まあ、さ。 できるだけ自分の踊りをかためておけば? 向こうさんだってプロだもの、
そうそう個人の感情だけで動いたりはしないと思うけど。 」
「 そう・・・ね。 うん、取り合えずはわたし自身の踊り、ね。 」
「 頑張って。 ふふふ・・・島村サンもチビちゃん達も喜んで見に来るよ。 」
「 だといいのだけど・・・ 」
「 あ・・・・ ごめん、そろそろ行かなくちゃ。 教えの時間だわ。 」
「 あら、もう? ああ、わたしも買い物してゴハン作らないと・・・ 」
「 お互い、主婦は辛いね。 」
「 ふふふ・・・そうねえ・・・ 」
二人は大きなバッグを抱えて たちあがった。
歩道に落ちる影が 少しだけ長く伸びてきていた。
『 ジゼル 』 ・・・・ 全幕を踊るのは本当に夢だった。
そんなチャンスは一生回ってはこない、と思っていた。
それが たとえ発表会レベルでもチャンスが廻ってきたのだから もう・・・頑張るしかない。
「 ・・・ そうなんだけど、さ。 」
フランソワ−ズは思わず声にだしてしまった。
誰もいないスタジオに それはかなりはっきりと響いた。
「 そうなんだけど。 頑張るつもり、だけど。 ・・・ でも 」
あのパ−トナ−氏のことだけじゃないのよね・・・
ぶつぶつ言いつつ フランソワ−ズはきゅ・・・っとポアントのリボンをたくし込む
バ−について 足慣らしをする。 おろしたてのポアントが足に固い。
小さな音をたて靴底が撓り フランソワ−ズは小さな一点で立ち上がる。
ふうう ・・・・
・・・ わからない わからないのよね。
曲を口ずさみつつ フランソワ−ズはゆっくりとマーキングを始めた。
( 注: マ−キング : 振り付けの順番を確認しつつざっと動いてみること )
『 ジゼル 』 ・・・・ 振りは勿論、難しい。 派手なテクニックはないけれど押さえた技を
完璧に踊るのはもっと難しい。 それに ・・・・ <気持ち>
わからないわ わたしには。
裏切られ悲しみにこころが潰れて死んでしまった<彼女>
その原因のオトコを 庇えるものかしら。
二幕の後半で<彼女> は <彼>の命乞いをするのだ。
オマエを裏切った男だろう、と指摘されても、なお。 懸命に助けてくれ、と願う
・・・ 助けてください! ええ、ワタシはこのヒトとの恋に破れて死にました・
でも お願い! このヒトの命を・・・助けて!
『 ジゼル 』 ・・・ いくら完璧なテクニックで踊っても気持ちが、こころが伴わなければ
この作品の主役は踊れないのだ。
わたしなら? ・・・ わたしに言えるかしら。 そんなこと・・・・
MDの音量を最小に絞り、フランソワ−ズはセンタ−にたつ。
そして ゆっくりとジゼルのソロを踊り始めた。
・・・・ ゆっくり ゆっくり。 滑るように パ・ド・ブレで下がってゆく・・・
ふうう・・・・・
見えないパ−トナ−相手に、それでも本気になってパ・ド・ドゥを踊った。
ふうう ・・・・
口を突いて昇ってくるのは 溜息だけだ。
どうすれば いいの。 わからない、わたしには・・・わからない・・・
「 苦戦しているようね。 」
「 ?! ・・・・ マダム ・・・! 」
驚いて振り返れば スタジオの入り口に初老の女性が立っていた。
フランソワ−ズの通っているバレエ団の主宰者であり芸術監督でもある女性 ( ひと ) だ。
「 あ・・・・ は、はい。 ・・・ なんか ・・・ わたしには・・・ 」
「 ふふふ・・・ 相変わらずねえ、フランソワ−ズ 」
「 ・・・ はい? 」
まさか見られているとは思っていなかった。
真っ赤になって俯き どぎまぎしている彼女に マダムは笑みを含んだ視線を当てる。
「 前にパ・ド・ドゥ を踊ったわね。 でも全幕だと全然ちがうでしょう? 」
「 はい。 ・・・ わたし・・・ 難しくて。 」
「 そうね。 『 ジゼル 』 は難しいわ。 すごく、ね。 」
「 ・・・ わたしには ・・・ 無理かも 」
フランソワ−ズはどんどん声が小さくなってゆく。
「 なにが? あなたのテクニックだったらそんなに大変じゃないでしょう? 」
「 あの! テクニックだけじゃなくて・・・ そのゥ ・・・ 気持ちが。
どうしても 感情移入が ・・・ できなくて・・・ 」
ふふふ・・・
低く笑ってマダムはこの亜麻色の髪の娘を見つめた。
「 フランソワ−ズ。 あなた ちっとも変わっていないのねえ。 」
「 ・・・ え? ・・・・ 」
「 あなた、相変わらず <お嬢さん> ね。 ねえ・・? 」
「 ・・・ は、はい・・・ 」
なにを言われているのか 当の本人にはさっぱりわかっていないようだ。
初めてこのスタジオにやってきた時と同じで儚気な印象はすこしも変わっていない。
あらあら・・・ これで立派な二児の母、なのよねえ・・・
「 アナタは<おとな>だと思うから言うけれど。
アナタは愛することの喜びも 愛されることの喜びも知ってるわね。
ようく・・・ アナタの愛するヒトを見てごらんなさい。 きっとアナタの探し物が見つかるわ。
それじゃ ・・・ 頑張ってね。 」
「 は、はあ・・・・ あ! ありがとうございました。 」
フランソワ−ズは狐につままれた気分で でもぺこり、とアタマを下げた。
苦労しなさいな。 これであなたの踊りが一回りも二回りも深くなることを祈っているわ・・・
口辺に軽く笑みをただよせ、高い靴音とともにマダムは出て行ってしまった。
「 ・・・・ どういうこと・・・・? ・・・ ジョ−のこと、よ〜〜く観察してみろ、ということなの??? 」
― ちっとも変わらない
その言葉は ぐさり、と彼女のこころの奥に爪をたてる。
外見が変わらないのは 仕方がない。 それはもう運命として受け入れたはずだ。
でも。 わたし達、 ロボットじゃないもの。
こころは。 気持ちはちゃんと変わっているはずよ。 ちゃんと ・・・ オトナになったはず・・・
「 でも。 他のヒトにはそうは見えないのかしら。
ああ・・・ わからない、わからないわ・・・! わたしはどうしたらいいの・・・ 」
カツン・・・・と新しいポアントが固い音をたてた。
ジョ−はすっかり寝入ってしまったらしい。
ついさっきまで ゆるゆると髪を愛撫していた手がいまはそのまま・・・まくらに投げ出されている。
フランソワ−ズはゆっくりと身を起こした。
まだ 身体の奥には ぽ・・・っと火がともっている。 芯熱のこもった身体はうすい薔薇色に染まり
しっとりと潤っていた。
愛する人を見る、って・・・・ ジョ−のなにを見て、探せばいいのかしら。
フランソワ−ズの指が そっとジョ−の髪を 頬を 鼻梁を 辿ってゆく。
軽く閉じられた唇まで やって来たとき・・・
「 ・・・だから、どうしたんだい。 」
「 ・・・・ きゃ・・・! 」
しっかりと閉じていたはずのまぶたの奥からセピアの瞳がぱっと現れた。
白い指は しっかりとジョ−に長い指に捉まってしまった。
「 なにか・・・・ 考え事? なあ、きみ、このところヘンだよ? 」
「 あ・・・やだわ、ジョ−ったら。 起きていたのね? 」
「 いや、たった今、目が覚めたのさ。 きみの指が ・・・ 誘ってた。 」
「 ・・・ やだ・・! そんなんじゃないわ・・・ 」
「 そう? それなら ・・・ いったい何を悩んでいるのかな。 」
ジョ−は手の中の細い指を そのまま口に含んだ。
「 ・・・ ジョ−・・・・ もう・・・。 」
「 話してくれないか。 それともぼくじゃ役不足かい。」
「 ううん、ううん! そんなことないわ・・・ でも ・・・ 」
「 ・・・ でも? 」
「 あ・・・ ううん。 あの・・・ね、実はね。 今度の舞台なんだけど・・・『 ジゼル 』 は難しくて。
上手く踊れないからかしら、パ−トナ−の男性と息があわなくて 機嫌も悪いみたい・・・ 」
「 ソイツが何かきみに言ったの。 」
「 いいえ、その逆なの。 」
「 逆? そのカレ、下手なのかい。 」
「 うるさく注文をつけてくれる方がずっといいわ。 彼・・・モリヤマさんのサポ−トは最高よ。
でも ・・・ なんにも言ってくれないの。 」
「 ふうん? 」
「 わたしが下手なせいだと思うけど。 わたし、嫌われているみたい。 」
「 ! そんな・・・ 」
「 彼にはね ゴ−ルデン・コンビの彼女がいて。 そのヒトじゃないとダメみたい。 」
「 でも、これはきみ達の <仕事> なんだろう?
そんな個人的な感情を持ち込むのは プロとして失格だよ。 」
ジョ−は起き直り しっかりとフランソワ−ズを抱きしめている。
あらら・・・ なんか熱がはいってしまったわね・・・・
ヤダ、 もしかして ヤキモチ・・・?
耳元に掛かる彼の息で また・・・ 身体の奥が熱くなりそうだ。
「 それはそうだけど。 でもね、彼にも事情があって。 恋人でパ−トナ−だった彼女が
他のヒトと婚約しちゃったのよ。 」
「 ・・・・ そりゃ ショックだろうなあ ・・・ でも、それは彼個人の問題だろ? 」
「 そうね。 でも ・・・ 気持ちはよくわかるの。 だって ・・・ もし。
ジョ−が ・・・ 他所見してたら ・・・ わたし、舞台で愛の踊りなんか出来ないもの。
もし愛しているヒトに ・・・ そのゥ ・・・ 裏切られたら ・・・
それでも そのヒトを庇えるかしら・・・ 」
一瞬 ジョ−は妙な顔をしたけれど、すぐに唇を寄せてきた。
「 おばかさんだね。 ぼくがそんなことするはずないだろう? 」
「 ・・・ ごめんなさい。 もしも、よ。 もし ・・・ そんなことがあったらって。 」
「 <もしも> なんて必要ないよ。 ぼくの恋人はきみだけだ、ぼくに息子と娘を与えてくれた
きみ以外に考えられない。 」
「 ・・・ ジョ− ・・・! 大好き・・・ ! 」
フランソワ−ズは 抱きすくめられつつもしっかりと彼の胸にかおを埋めた。
「 その <彼> さ、モトカノと喧嘩でもしたのかな。 」
「 モト・・・ なに? 」
「 モトカノ。 前のカノジョ、恋人のこと。 ・・・ そんな風に言わない? 」
「 そうなの? 日本語は難しいわねえ。 すばる達は知っているかしら。 」
「 う〜〜ん??? でも最近の小学生はマセているからね。
なあ、 その二人のことだけど。 ちょっと気になるな・・・・
きみが知っている限りでいいから教えてくれないかい。 」
「 いいけど・・・ 加奈さん、 ああ、モリヤマさんの モトカノ ね。
彼女のおウチの事情らしいけど。 でも なぜ? 」
「 うん ・・・ 週刊誌の方の編集部でね、 気なる記事をみたんだ。
ぼくの勘違いだといいのだけど・・・ 」
ジョ−の出版社勤めはしっかりと軌道にのり、車関係の分野ですこしづつ活躍し始めていた。
「 わかったわ。 他のお友達にもなるべく詳しいことを聞いてくるわ。 」
「 うん、頼む。 それで ・・・ きみは踊りに専念しろよ。 あとはぼくが引き受ける。 」
「 ・・・ ジョ− ・・・ ? 」
「 ・・・ うん? 」
大きな碧いひとみがすう・・・っと閉じられ フランソワ−ズはうっとりと呟いた。
「 わたしには ・・・ あなたがいてくれてよかったわ。 」
「 ぼくもさ。 ぼくの大切な奥さん♪ 」
「 ・・・ ねえ。 ・・・ もう一度 愛して・・・ 」
「 ・・・・・・・ 」
ジョ−はだまって唇に笑みを結び 身体の向きを変えた。
「 ・・・ 行って来ます、ジョ−。 」
「 うん。 頑張ってこい。 子供達とちゃんと間に合うように行くから。 」
ジョ−は見上げている笑顔に かるくキスを落とす。
「 オマジナイなの、ちゃんとキスして。 」
「 ・・・ああ・・・うん ・・・・・・・・ 」
「 ・・・・・ んん んんん 」
初夏の朝、まだ白々明け初めたころ ギルモア邸の玄関でジョ−とフランソワ−ズは固く抱き合い
<ちゃんと>キスをしていた。
「 ・・・ Merci, ジョ−。 それじゃ・・・ 」
「 ああ。 」
穏やかに笑みを交わすと、フランソワ−ズは始発のバスめざして研究所の前の坂を小走りに
駆け下りていった。
「 楽しみにしているよ、きみの ジゼル。 さて ・・・ ぼくはこれからちょっと一仕事、だな。 」
ジョ−は静かに寝室にもどると、少し考えてクロゼットから防護服を取り出しケ−スに詰めた。
「 ふん・・・ ああ、そうだ。 彼、に頼もう。 うん、やはり・・・アイツしかいないよな。
ヴァケ−ションで帰国するとかフランソワ−ズが言ってたし。 」
ちら・・っと視線をおくった先には 白鳥姫と王子のパ・ド・ドゥの写真があった。
「 くやしいけど。 ここは オマエに頼むっきゃないなあ。
ま・・・ ぼくはぼくの分野をきっちり〆ておかなくっちゃな。 」
しばらくごそごそやっていたが やがてジョ−もひっそりと愛車で岬の邸を出発していった。
今日は フランソワ−ズの客演する<発表会>の当日なのである。
「 それでは〜 ヨロシクお願いしま〜す。 開演時間等に変更はありませんので〜 」
舞台監督氏が マイクを握り叫んでいる。
「 音出しも予定通りです〜 よろしく〜〜 」
音響担当の声も重なった。
は〜い よろしく〜〜 お願いしま〜す
とりどりの声がてんでに応え舞台上からわらわらと人々が消えてゆく。
本番当日のゲネ ( ゲネプロ 本番通りにやる予行演習 )は 無事に終った。
「 はい、 どうぞよろしくお願いします。 」
フランソワ−ズはしっかりと答え、そして 小走りに一人の男性ダンサ−の後を追った。
「 モリヤマさん・・・! 今日はどうぞよろしくお願いします。 」
「 ・・・ああ、こちらこそ。 」
日本式に深々とアタマをさげた本日のパ−トナ−に 彼はちらりと視線を投げただけだった。
物憂げに頷き ぼそり、とつぶやくとすたすたと楽屋に行ってしまった。
「 ・・・ わたし。 わたしのベストを尽くすだけ、だわ。 」
フランソワ−ズはきゅ・・・っと唇を噛み締め、彼女もまた楽屋へと踵を返した。
「 山内く〜ん! これからどうするの。 」
「 ・・・ あ? これからメシ喰って花屋に行って劇場に行く。 」
「 え〜 なにか見るの? 誰のステ−ジ、今日どこかの公演があった? 」
「 いや。 発表会。 」
「 発表会〜〜〜?? 」
女性の頓狂な声に、 大きな荷物を担いでぱらぱら帰りかけていたダンサ−たちが振り返った。
どうやら 朝のレッスンが終った後らしい。
「 そ。 そんじゃな。 」
「 あ〜ん・・・ 待ってよぉ。 」
「 バイバイ。 」
一際大きな荷物を担いだ青年は ぶっきらぼうに答えすたすた歩きだした。
「 タクヤ。 調子、いいみたいね。 」
「 ・・・あ。 マダム。 ・・・へへへ・・・ まあまあ、ですよ。 」
「 頑張っているみたいね。 よかったわ。 ヴァケ−ションなのにクラスに来てくれて嬉しいわ。 」
「 へへへ ・・・・ 」
彫刻のあるドアから 一人の初老の女性が現れ、青年を呼び止めた。
「 向こうで思う存分踊っているみたいね。 これからも頑張るのよ。 」
「 はい。 でもオレ、いずれまたココに帰ってきます。 」
「 あら いいのよ。 あなたはあなたの信じる道を行けばいいの。 」
「 そんじゃ。 帰ってきますよ、マダムのおっしゃる <一流のヒト> になって。 」
「 まあまあ・・・ 言うわね〜〜 楽しみにしているわ。 」
青年はこのバレエ団で勉強していたがコンク−ル入賞を機に海外のバレエ団に入団していた。
「 せっかく帰ってきたのに〜〜 オレのパ−トナ−、本日本番ですかあ 」
「 ああ、フランソワ−ズね。 そうなのよ。 白鳥サンとこの発表会に客演でね。 」
「 聞きました。 『 ジゼル 』 って くそ〜〜 オレが〜〜 」
「 観に行くのね? 」
「 ハイ。 」
「 ・・・ シュ−ズ、持ってるわよね? 」
「 へ? ・・・ああ、バレエ・シュ−ズはここに入ってます。 」
「 それならいいわ。 ふふふ ・・・ 人生にはハプニングがツキモノですからね。 」
「 ・・・ はあ・・・?? 」
「 ま、頑張ってね。 白鳥サンによろしく。 」
「 ・・・ は、はい・・・??? 」
に・・・っと笑い彼女は颯爽と廊下を歩いていった。
「 ・・・ なんだ? わけ、わかんね〜。
あ〜あ! 『 ジゼル 』 かあ。 オレ、全幕でやりたいなあ・・・ 彼女とさ。 」
パパン・・・!
廊下の隅っこで鮮やかに ブリゼ・ボレ を決める。
「 く〜〜〜 アンタなんだよな、やっぱさ。 オレのジゼル はさ!
ふん、どんな野郎がアルブレヒトを踊るのか とっくと拝見してやるぜ。 その前に花屋だな。
彼女にはやっぱ・・・白い薔薇かな。 いや、平凡だな〜 そうだ!ひまわりなんかいいかも。 」
ふんふん・・・ 『 ジゼル 』 のメイン・テ−マを口ずさみつつ、青年はスタジオを後にした。
・・・ はぁ・・・・ !
大きな溜息を吐き その男性はのろのろと立ち上がった。
そろそろメイクを始めないと後で焦ることになる。
「 ・・・ 君と踊るはずだったのに。 これだけは君とだけ踊りたかった・・・ ! 」
うつろな視線で 携帯を開き呼び出した画像に見入りつつ話しかける。
「 どうしてなんだ、りえ子 ・・・ ! 僕だけだ、と言ったあの言葉は・・・ウソだったのかい。 」
トントン ・・・ トントン
楽屋のドアを誰かがノックしている。
彼はまったく無視をして 携帯を仕舞うとざばざばと顔を洗い始めた。
トントン ・・・ トントン
ノックは執拗に続く。
「 ・・・ 面会はナシだ。 邪魔しないでくれ! 」
「 モリヤマさん。 開けてください。 加奈さんのことでお話があります。 」
ドアの向こうからは落ち着いた男性の声が聞こえた。
「 りえ子の? 誰だか知らないが帰ってくれ! オレにはもう関係ない。 」
「 モリヤマさん、開けますよ? 」
「 帰れッ! ・・・あ? 」
カシャリ ・・・と小さな音がして 施錠してあったドアは簡単に開いてしまった。
「 失礼します。 すぐにハナシは済みます。 」
「 だ、誰だ?! 君は・・・ 鍵をかけておいたはずだぞ? 」
「 ええ、たしかに。 」
セピアの髪をした青年が 静かに入ってきた。
「 本番前に申し訳ないですが。 加奈さんのことでお知らせしたいことがあります。 」
「 ・・・ だから、もう彼女とオレは無関係なんだ! 」
「 そうですか? 加奈りえ子嬢の事故は 単なる<事故>ではありません。
加奈家の広大な地所を狙った地上げ屋どもが結託して起こした犯罪です。 」
「 な・・・ なんだって? 君は・・・ 君は誰なんだ? 」
「 ぼくはただの雑誌記者ですよ。 ちょっと気になるので調べてみたのです。 」
「 ・・・ しかし。 りえ子の家は・・・ 事業に失敗して破産寸前で・・・ 」
「 それも言葉巧みに無理な投機を誘いかけたのです。
加奈嬢の婚約相手の若社長も一枚噛んでましたよ。 」
「 まさか・・・ りえ子はそれを知っていて・・・ アイツと婚約したのか・・? 」
「 加奈嬢は 踊れない自分はモリヤマさん、あなたの重荷になるだけだ、と思ったのかもしれませんね。 」
「 ・・・ バカな・・・! 」
モリヤマ氏は激昂し拳をにぎりしめている。
もはや 先ほどまでの物憂げな、そしてどこか投げやりな態度はどこにも見えない。
「 今日、結納だそうです。
踊れない彼女には もう用はない、のですか。 」
「 ・・・ 誰がそんなことを言うか! オレはりえ子がいればそれでいいんだ。
アイツとならどんな苦労も厭わない、いや、苦労なんかなじゃない! 」
「 なら。 ・・・奪えよ。 」
不意にセピアの髪の青年の口調がかわった。
「 ・・・ え ・・? 」
「 うじうじしているのなら 赤ん坊だってできる。 好きなら ・・・ 奪えよ。 」
「 し、しかし ・・・ 」
「 そんな煮え切らない態度なら 彼女に愛想を尽かされても仕方ないよな。 」
「 ・・・ でも どうするんだ、今日のステ−ジ? 」
「 へえ? やる気なくても一応責任感はあるのかい。
ふん、彼女と共演したい男性ダンサ−は星の数ほどいるんだぜ。 」
「 ・・・ く ・・・! 」
モリヤマ氏はば・・・!っと羽織っていた楽屋用のガウンを脱ぎ捨てた。
ざわざわしたロビ−には 華やかな雰囲気が満ち溢れていた。
沢山の花かごが並び行き交う人々は女性が多く、賑やかだ。
発表会、と称しても実力派のゲストを招聘すれば公演なみの人気となる。
開演時間を間近にひかえ、ロビ−は声高な談笑やら小走りな足音でいっぱいになってきた。
「 ・・・ ねえねえ? あそこにいるグラサンのカレ・・・アレって山内拓也じゃない? 」
「 え〜〜?? だってカレ、今確かフランスのバレエ団じゃなかった? 」
「 うん。 ああ、夏休みかもね。 きゃあ♪ サイン貰おうかな。 」
「 あれ? ねえ・・・ アレ、見て? あれ、誰? 」
「 え? ・・・きゃ! ちょっとぉ イケメンが二人〜〜顔寄せてる!なんだか親密そうじゃない?
相手のカレ・・・ ガイジン? ハ−フかしら。 綺麗な茶髪じゃん〜〜 」
「 な〜んか深刻そう ・・・・ あ! カレシなのかしら♪ 」
「 え・・・!! あ、そうかも〜〜 きゃあ♪ 絵になるわ〜〜 腐女子しちゃうかも〜〜 」
ひそひそ・コソコソ ・・・ 低い忍び笑いがロビ−の片隅にいる青年二人を遠巻きにしていた。
もっとも当の本人たちの耳にはまったく聞こえていない。
・・・ そんな外野のザワメキなどに気を取られている場合ではなかったのだ。
「 君に頼むなんてヘンかもしれないし・・・ 君には凄い迷惑だと思うけど。 」
「 ・・・・・・ 」
「 あえて 君だから ・・・ 頼む! 彼女に最高の踊りをさせてやってくれないか。 」
「 ・・・ 島村さん 」
「 本音を言おうか。 そりゃぼくだってオトコだからな。 自分の妻を他のオトコになんか
委ねたくはないさ。 特に 君には・・・
でも 今、彼女の夢を 『 ジゼル 』 の主役を踊るっていう夢を 実現させてやれるのは
君しかいない。 君ならば 必ずやってくれる、とぼくは信じているんだ。 」
「 島村さん。 ・・・ これ。 」
タクヤはばさり、とぶら下げていた大きな花束をジョ−に押し付けた。
「 な? なんだ・・・? 」
「 これ。 頼みます、彼女に渡してください。 オレは急いでメイクしないと。 」
「 タクヤ君・・・! 」
タクヤは 満開のひまわりに埋もれているジョ−に バチ!っとウィンクを送る。
「 任せろって。 アンタの大事なオクサンはオレが引き受けたぜ! 」
「 ・・・ ありがとう! 」
「 それじゃ。 ああ、楽屋はこっちですよ? 」
「 ぼくはちょっとこれから <仕事>があるんだ。 なに、すぐに終るから・・・
開演までにはちゃんとココに戻ってくるよ。 」
「 仕事? 」
「 うん、まあね。 モリヤマ氏と加奈嬢の応援、かな。
ちょっとばかり、害虫退治をしてくるから。 えっと・・・ああ、この花束は受付に預けておくよ。 」
「 ・・・ アンタさ。 カッコイイぜ。 悔しいけど。 」
ふふん ・・・
二人の青年の視線が 激しくぶつかりあう。
「 それじゃ。 」
「 ああ。 」
二人はぱっと左右に別れそれぞれ大股で去っていった。
ロビ−を出て ― ジョ−の姿はたちまち宙に溶け込んでいった。
楽屋は案の定 異様な静けさに包まれていた。
いつもは 緊張の中にも軽い興奮状態が満ちていてざわめきも声高なのだが・・・
今は皆 ひっそりと口を噤み 不安な目できょときょとと辺りを見回している。
そんな中を タクヤは構わずずんずん廊下を進んでいった。
「 ああ、タクヤくん? 」
「 白鳥センセイ。 お早うございます。 」
「 帰国してたのね? ご活躍、おめでとう。
ああ・・・折角観にきてくれたのに・・・ ああ。ごめんなさい・・・
今日は多分 中止だわ。 」
本部、と張り紙のある部屋の前で 中年の女性が困惑しきった顔をしていた。
側でやはり渋面しているのは舞台監督らしい。
「 中止って? 」
「 あのね! モリヤマ君が・・・ どうしてだか突如いなくなってしまったのよ!!
他の役ならともかく・・・ アルブレヒトなしには 『 ジゼル 』 はできないわ。 」
「 オレがいるって。 」
「 え? 」
「 オ・レ。 フランソワ−ズ・アルヌ−ルのパ−トナ−は 山内タクヤって決まってんだぜ? 」
「 ・・・ タクヤ君?! 」
「 開演は何時でした? ・・・・ ああ、それなら急げば間に合います。
楽屋は? ヤツは衣裳とかは置いていったのですよね? 」
「 え、ええ・・・ 楽屋はそこよ。 でも・・・いいの? 本当のぶっつけ本番よ? 」
女性は驚きと心配と困惑でオロオロしている。
「 だ〜から。 フランソワ−ズ・アルヌ−ルと山内拓也はベスト・カップルさ。
お〜い!! フランソワ−ズ!! アダ−ジオのアソコはあと半拍早く周り込めよッ!! 」
「 タクヤ君 ・・・ 」
「 さあ! 皆〜〜 もうすぐ一ベル、はいるぜ。 今日はヨロシク!!
張り切って行こう〜〜 !! 」
わァ・・・・ 楽屋からつぎつぎに歓声が響いてきた。
狂乱の場を経て倒れ伏し絶命してしまったジゼル ・・・
・・・・ ぽと ぽと ぽと・・・・
フランソワ−ズの顔に熱い水滴が落ちた。
・・・ タクヤ? あなた本当に泣いてるのね・・・!
一幕は無事に終った。
「 二幕〜〜 ベルいれますよ〜〜 ウィリ−達 揃ってますか〜〜 」
「 ・・・ えっと ・・・ あ、まりえがまだ・・・ ああ来た!」
「 はやくはやく ! ゆみちゃん、確認して。 」
「 はい 先生。 ・・・・ えっと ・・・ はい、上手全員いま〜す 」
二幕の開演を前に 舞台袖は密かな興奮と駆け足で一杯だ。
幕間のわずかな時間に 衣裳替えをしなければならない。
「 ・・・ はい。 下手もオッケ−ね。 じゃ 上げてください。 ああ、フランソワ−ズ? 」
「 ・・・ 白鳥先生・・・ 」
やはり衣裳を換え髪を結いなおした ジゼル が足早にやってきた。
「 お疲れ様。 一幕、よかったわよ〜〜 感動しちゃった。 」
「 ありがとうございます。 皆さんのおかげですわ。 」
「 あれ〜〜 オレは? 」
後ろから ぬ・・・っと <王子>に戻ったアルブレヒトが顔をつっこんだ。
「 まあ、タクヤ君。 勿論よ〜〜 この調子で次もお願いね。 」
「 任せてくださいって。 この ・・・ ジゼルのためなら オレはなんだって! 」
「 タクヤったら・・・ 」
「 なあ。 キミのダンナさんはさ。 カッコいいなあ。 ちょっとシャクだけど。 」
「 え?? ジョ−と会ったの? いつ? 」
「 ・・・ ふふふ ヒミツ。 そんじゃ ・・・ ヨロシク! 」
「 はい、 ヨロシクお願いします。 」
主役の二人は しっかりと見つめあい、左右の舞台袖に別れていった。
そして
『 ジゼル 』 の 二幕、 二人の愛の踊りの幕が上がった。
カ−テン・コ−ルは何回続いたのかわからなくなってしまった。
最後には手を繋いで現れた ジゼル を アルブレヒトは抱き上げ熱くその唇を頬に寄せた。
わァ〜〜〜〜 きゃあ〜〜 素敵♪
どよめき歓声すら上がる客席から ぶん・・! と大きな花束が飛んできた。
アルブレヒトは素早く受け止め余裕の笑みで恭しく腕の中の 愛しい人に捧げた。
ジゼルも その花束をしっかりと抱き締めた。
きゃあ 〜〜〜 きゃあ〜〜
黄色い歓声の包まれて 白鳥バレエ団の発表会は無事、幕を下ろした。
「 ・・・ あああ ・・・ 遅くなっちゃった・・・ 」
「 ふふふ・・・ お風呂で遭難しているのかと思ったよ。 」
「 ごめんなさい・・・ もう ・・・ ダメだわァ・・・! 」
フランソワ−ズはバスル−ムからやっと夫婦の寝室に戻ってきた。
ジョ−はベッドで雑誌を捲っていたが 起き出して、ふわり、と彼女の身体に腕を回した。
「 お疲れ様。 なあ、本当によかったよ、すごく・・・!
悔しいけど・・・ アイツとの踊りにぼくは正直、感動したもの。 」
「 まあ・・・ 嬉しいわ、ジョ−にそんな風に言ってもらえるなんて・・・ 」
頬がほんのりピンクにそまり、碧い瞳は艶やかに潤んでいる。
ジョ−は背筋に快感がぞくり、と走った。
・・・ ああ! なんて ・・・ なんて綺麗なんだ・・・!
「 あら、あの花束、ここに飾ってくださったの。 綺麗ねえ・・・
でも、これを投げた人、凄いわよね。 ちゃんとタクヤの足元に ・・・ 」
「 ぼく。」
「 え??? 」
「 これ、投げたのはぼく。 もともとの送り主はアイツ。 」
「 えええ? どういうこと? 」
「 うん ・・・ まあ、きみには関係のないコトだから。 気にしなくていいさ。 それより・・・ 」
ジョ−の指がするり、とネグリジェの襟元から忍びこむ。
「 あ・・・ ん・・・ もう、せっかちさんねえ ・・・ 」
「 もうず〜っと待たされたんだもの ・・・ いいじゃないか。 ご褒美だよ 」
「 もう ・・・ あら? このひまわりになにか括りつけてあるわよ? ジョ−? 」
「 いいや。 ぼくはなにも・・・ 」
「 ・・・ ああ、とれた。 あら メッセ−ジ・タグだったのね・・・ えっと・・・??? 」
フランソワ−ズは熱心に拡げたメッセ−ジを読んでいたが 困った顔でジョ−に差し出した。
「 ジョ−。 わからないわ。 」
「 え? 日本語じゃないのかい。 」
「 日本語よ。 日本語だけど、読めるけど 意味が全然わからなわ。 これ・・・なにかの暗号かしら。 」
「 まさか・・・ 見てもいい? 」
「 ええ、勿論。 ほら・・・ 」
「 ・・・・? 」
そこには あまり上手とはいえない筆跡で でも丁寧に<日本語>が記されていた。
ひとづまゆゑに あれこひめやも Takuya
「 ね? それにこの・・・蛸みたいな字はなあに? 」
「 ( た、蛸ぉ〜〜?? ああ ・・・ ゑ か。 ) いや ・・・ これはね。
う〜〜ん ・・・・ 日本の古い言葉で・・・ そうの・・ きみが素敵だ、って意味なのさ。 」
「 ふうん ・・・ 難しいのね・・・ 」
「 さあさあ・・・ ぼくもご褒美をもらいたいなあ。 ね・・・ 」
いつの間にかネグリジェは優しい肩からすべり落ちていた。
二人が言葉のない世界に篭る前に ひそ・・・っとフランソワ−ズは呟いた。
「 わたしね・・・・ 今日、ひとつだけわかったの。 」
「 ・・・ なにが。 」
「 あのね ・・・ 今までずっと・・・ ジゼルの気持ちってあまりよくわからなかったの。
だって 愛する人に裏切られても どうして庇えるのかなって。 わたしなら無理だって。 」
「 ・・・ うん ・・・・ 」
「 ず〜っと ジゼルの気持ちになれなくて。
そうしたらね。 今日 二幕を踊っていて ふ・・・っと気がついたの。 」
ジョ−の指はゆるゆると白い肢体を辿ってゆく。
「 あ・・・ やだ・・・
愛しているのに 庇ったのじゃなくて。 愛しているから、なのよね。 ああ、上手く言えないわ・・・!
肌で感じたの、もし ・・・ わたしがジゼルなら・・・同じことをするわって・・・ 」
「 ・・・ そんな心配はいらないよ。 ぼくにはきみだけだから・・・ 」
「 ・・・ く ・・・ゥ・・・
そ・・・ それで 困っていたら マダムがね。
あなたの愛するひとをよく見てごらんなさい、って。 オトナの愛をしっているでしょって。
・・・ それで ・・・ だから・・・ 」
あは。 それで毎晩 ぼくのコト、じ〜〜っと見つめていたのか・・・!
クス・・・
ジョ−が小さく笑った。
「 あ・・・ どうして? わたし、なにか可笑しいコト、言った? 」
「 ・・・いや・・・ ねえ、それでぼくをじ〜っと見てて どう思った? 」
「 あのね。 うふふふ・・・ やっぱりジョ−ってステキだなあ〜って思ったの 」
ピンクに染まっていた頬は その色合いを一層濃くしてゆく。
・・・ きみってヒトは。 きみこそ 本当に可愛いなあ・・・
「 それじゃ ・・・ 愛のレッスンを始めようか。 」
「 ・・・ きゃ ・・・ あああ ・・・ イヤな ・・・ ジョ− ・・・! 」
花瓶いっぱいのひまわりが絡み合う二人に おだやかに微笑かけていた。
************** Fin. ***************
Last
updated : 07,29,2008
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******** ひと言 *******
はい〜〜 あの <カレ> に登場して・・・ってか、フランちゃんと踊ってもらいたくて
原作のあのオハナシなのですが <島村さんち>設定 になりました。
ややこしくてすみません〜〜 <(_ _)>
タイトルは いろいろなカップルを含んでいるつもりです。
島村さんご夫妻、 タクヤ君とフランちゃん、モリヤマ氏と加奈嬢 そして アルブレヒトとジゼル ・・・
( バレエ『 ジゼル 』につきましては 詳しくは拙宅・あひるこらむ へどうぞ。
ゼロナイ変換したお話で解説してありますよ〜〜〜♪ )
・・・・ やっぱり <そうだったらいいのにな〜♪> シリ−ズでありまして、
希望としては モリヤマ氏と加奈嬢にはカケオチをして欲しいな〜〜 なんて思ってます。
コテコテのバレエ物ですが 舞台裏の雰囲気なんかを感じていただけたらなあ。
あ、そうそう。 タクヤ君に モデルはありません!! ので、ヨロシク (^_^;)
蛇足ですが タクヤ君のメッセ−ジの元歌は 皆様ご存知 ↓
むらさきの にほへるいもをにくくあらば ひとづまゆゑに あれこひめやも ( 天武天皇 )